犬学⑥ 犬は犬が苦手なのではない
- 4月23日
- 読了時間: 4分
更新日:6月12日
― 人間が見ているのは、本当の犬社会ではない ―
アルテミス通信12号

■ はじめに
「うちの子は犬が苦手なんです」
アルテミスでは飼い主さんからよく聞く言葉です。
確かに、
他の犬を見ると吠える。
固まる。
逃げようとする。
そうした姿を見ると、「犬が苦手」だと感じるのは自然かもしれません。
しかし私は、犬たちを見ていて常々こう感じます。
👉 犬は、本当に犬が苦手なのでしょうか。
それとも私たちが見ている状況そのものに、問題があるのでしょうか。
■ 犬は犬から生まれ、犬社会で育つ
犬は、犬から生まれます。
そして子犬時代、兄弟犬と密着して育ちます。
母犬の匂い。
兄弟との接触。
体温。
唸り。
競争。
遊び。
犬にとって、「犬」という存在は本来とても自然なものです。
だから私は、
👉 「犬が苦手」というより、“不自然な状況”が苦手なのではないか
と感じます。
■ 人間が見ているのは「リードの後ろの犬社会」
人間が普段見ている犬同士の関係は、実はかなり特殊です。
リードで固定され、
逃げ場がなく、
飼い主同士が緊張し、
距離も自由に調整できない。
そこには常に、
👉 “もう一人の人間”が存在しています。
犬たちは、相手の犬だけを見ているわけではありません。
飼い主の緊張。
声。
動き。
リードの張り。
空気。
そうしたものも含めて感じ取っています。
つまり人間が見ているのは、
👉 本来の犬社会ではなく、「人間管理下の接触」なのです。
犬たちは本来、近づくことも、離れることも、自分で選択しています。
ところがリードが付くと、その自由が制限されます。
犬社会では自然な回避行動も、人間社会では難しくなってしまうのです。
■ 小さくても、犬は犬である
先日、常在犬アマーリエ(ジャーマンシェパード)が小さな犬の匂いを嗅いでいる時、見学
者の方がこう言いました。
「アマーリエ、このちっこいの何だろうって思っているのかな?」
その瞬間、私は少し驚きました。
なぜならアマーリエにとって、その犬は最初から「犬」だからです。
人間は体の大きさや見た目の違いに目を向けます。
しかし犬たちは、まず相手が犬であることを理解します。
その上で、
匂い。
行動。
距離感。
反応。
を確認しているように見えます。
大きさは違っても、匂い、動き、空気で、犬であることを理解しているのです。
人間はどうしても、
「小さい犬」
「可愛い犬」
として見ます。
しかし犬社会では、まず「犬である」という認識が先にあります。
■ 犬たちは「自然な距離」を保っている
犬たちは本来、自由に距離を調整しながら関係を作ります。
近づき、
離れ、
匂いを嗅ぎ、
観察し、
必要なら回避する。
そして犬たちは、
常にベタベタ関わり続けているわけではありません。
👉 同じ空間に自然に存在できること
それ自体が、
犬社会では安定した関係であることもあります。
しかし人間社会では、
抱っこされ、
リードで固定され、
常に人が介入する。
その結果、犬たちは「犬社会」を自然に経験しにくくなっています。
■ アルテミスで感じること
アルテミスでは、
最初は他犬に強く反応していた犬が、
時間とともに落ち着いていきます。
それは、「しつけられた」からではありません。
👉 犬たちが、自分で環境を理解し始めるからです。
距離を取り、
匂いを確認し、
空気を読み、
少しずつ犬社会を思い出していく。
私はそんなふうに感じることがあります。
そして興味深いことに、多くの犬は他の犬を避け続けるのではなく、自分のペースで距離を
縮めていきます。
私はその姿を見るたびに、
「犬が苦手だった」のではなく、
「犬と関わる方法が分からなかった」
のかもしれないと感じることがあります。
■ おわりに
犬は本来、
犬社会の中で生きる動物です。
だからこそ、
👉 「犬が苦手」という言葉だけで片付ける前に
👉 その犬が、どんな環境で犬と接しているのか
を考えることも大切なのかもしれません。
人間が見ている世界と、
犬たちが感じている世界は、
実はかなり違っています。
だからこそ私は、
「犬が苦手な犬」を見るたびに、
本当に犬が苦手なのか、
それとも犬らしく関われる環境がなかっただけなのかを考えたくなるのです。




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